2013年6月15日(土)
映画「スケッチ・オブ・ミャーク」上映会
& ありがとうLIVE! & ワイワイTIME!
※第64回 ロカルノ国際映画祭(スイス)、批評家週間部門
「批評家週間賞・審査員スペシャル・メンション2011」受賞作品
※第17回函館港イルミナシオン映画祭2011 正式招待
 
=沖縄 宮古島に残る神歌と古謡。歌い継ぐ人々の深淵なるドキュメント=
 
歌うことは、神とひとつになること
生きる願いは声となり、神へ届く
魂のありか「ミャーク(宮古島)」への旅
 
スケッチオブミャーク上映会
魂が激しく揺さぶられる時、古代から続く記憶が鮮やかに甦る
 
スケッチオブミャーク上映会by山本コヲジ
 
大西功一監督作品  原案・監修・整音:久保田麻琴
2011年/日本/カラー/HD/ステレオ/104分 配給:太秦 (c) Koichi Onishi 2011

ライ・クーダー(音楽家/『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』)

わたしはミャークの老人たちが羨ましい。
小さくても、こんなに完全で幸せな世界を持っているのだ。
汚れた世の中なんて気にかけたこともないだろう。
わたしは間違っているかもしれないが、彼らの表情を見て、このイカしたファンクを聞けば判る。
ミャークはきっと最高のところだろう。賭けてもいいよ。

【イントロダクション】

鳴り止まない拍手と歓声。スイス、第64回ロカルノ国際映画祭での快挙。
グランプリに次ぐ<批評家週間賞 審査員スペシャル・メンション2011>を受賞。
沖縄県宮古諸島には、沖縄民謡と異なる知られざる唄がある。厳しい島での暮らしや神への信仰などから生まれた「アーグ(古謡)」と「神歌(かみうた)」がそれだ。昔からこの島では生きることと、神への願いと唄はひとつのものであった。あたかも遠い時代に輝いた星の光が時を経てこの地球に届くように、この島ではいまだに古くからの信仰と唄がその姿を色濃く残す。それらは、宮古諸島に点在する村々の中でひっそりと歌い継がれてきた。特に数世紀に及ぶ長い歴史を持つ御嶽(うたき:霊場)での神事のなかで歌われる「神歌」は、喜びと畏敬の念をもって、幾世紀にも渡り口伝されてきた。すべては音楽家の久保田麻琴が、島でそれら貴重な唄に出会ったことに始まる。そしてそれらの素晴らしい歌群が、絶滅の危機に瀕していることを知る。本作は歌を唄い継ぐ人々の暮らしを追うなかで、神と自然への畏れ、そして生きることへの希望を見出したドキュメンタリーだ。監督の大西功一は、秘められた島の神事を追い、生きることと信仰と唄がひとつだった時代を知る老人達と寄り添い、いまだ原初の姿が生きる奇跡の島、ミャークを鮮やかに投影した。

【沖縄宮古島】

沖縄県宮古島。東京から南西に2040km、沖縄本島から南西に310km、台北から380kmのところに位置する人工およそ5万5千人の島。沖縄一、あるいは東洋一と謳われる美しいエメラルドグリーンの海原を持ち、昨今の宮古人気に伴って訪れる者も多い。この島の村々には古くからの伝統や文化が密かに残っている。その代表が宮古島古来の唄である。御嶽(うたき:霊場)での神事は、島外の者には容易く触れることのできない神聖な行いとされてきた。また、薩摩支配下の琉球王府によって1637年から1903年まで課せられた「人頭税」のため、人々は塗炭の苦しみを 味わったとされる。

【ストーリー】

老婆達(おばあ)が神歌を唄う時、不思議な懐かしさがすべての人々の心を打つ
ミャーク(宮古島)には、今まさに失われようとしている「記憶」がある。人々によってずっと大切に歌い継がれてきた「唄」がそれだ。老人達は語る。かつて島での厳しい生活と信仰と唄が切っても切り離せないひとつの時代があったことを。そして、今でも神の存在がかけがえのないものであることを。老人達の心を映すかのように、この島の御嶽では神事の火が数百年に渡り人から人へと受け継がれてきた。神女達(ツカサンマ)は、生きる願いとともに「神歌」を神に捧げる。宮古島の唄の源流とされる古い唄だ。しかし、「神歌」の響きが、今この島から途絶えようとしてる。2009年、九十歳を超えた老婆達が東京へと渡る。コンサートホールの舞台に立ち、「神歌」を歌うために。満場の観客を前に彼女らは力を振り絞り、歌う…。ミャークの「神歌」が一般聴衆に届いた最初の瞬間だ…。沖縄県 宮古島、ミャーク。これほどまでに豊かな世界があったことへの衝撃、そして不思議な懐かしさがわたしたちの胸を打つ。

【スタッフプロフィール】

製作・監督・撮影・録音・編集:大西功一
1965年、大阪生まれ。1984年大阪芸術大学入学。在学中よりテレビ報道カメラマンのアシスタントにつく。1988年、消え行く大阪の古い町を背景にギター流しを追ったドキュメンタリー作品「河内遊侠伝」が卒業制作学科賞。同年上京、映像プロダクションへ。1991年、退社後、フォークシンガー高田渡を象徴的役柄に配し、映画「吉祥寺夢影(きちじょうじむえい)」を制作。その後いくつかのプロダクションに所属し、1995年、映画「とどかずの町で」制作。以来フリーランス。テレビ番組、ミュージックビデオ、DVD、PRビデオ、映画予告編等、多ジャンルの映像作品を手掛けて現在に至る。「スケッチ・オブ・ミャーク」は16年ぶりの映画監督作品となる。
フィルモグラフィー
「吉祥寺夢影」1991年/カラー/16㎜/90分 出演:里見勝治、高田渡 他、撮影:秋山透、音楽:松田幸一
公開:1991年 吉祥寺バウスシアター、池袋アクト・セイゲイ・シアター、テアトル新宿 他
「とどかずの町で」1995年/モノクロ/16㎜/119分 出演:大西功一、逢野亜紀子、高田渡 他、撮影:秋山透、音楽:渡辺勝
公開:1997年 シネヴィヴァン六本木、大阪扇町ミュージアムスクエア、中野武蔵野ホール 他
1996年 函館山ロープウエイ映画祭出品、1998年 カンヌ国際映画祭(マーケット部) テレビ放映:読売テレビ等
ミュージッククリップ
Night Shade(ハリー&マック)(細野晴臣、久保田麻琴)1999年/Easy Rider(ハリー&マック)1999年/Mezcal(久保田麻琴) 2000年/遠い願い(久保田麻琴) 2001年/お手紙(東京ローカル・ホンク)2004年/Rambada(松田美緒 )2005年/Mil Tambores/ブルーアジア 2005年

原案・監修・出演:久保田麻琴
伝説のロックバンド「裸のラリ−ズ」メンバ−として音楽家としてのキャリアをスタート。73年・東芝よりソロアルバムを発表。「夕焼け楽団」とともに数々のアルバムを発表。アレンジャ−、プロデュ−サ−としても喜納昌吉の本土紹介に関わり、アルバム「ブラッドライン」では「花」のオリジナル・ヴァ−ジョンでライ・ク−ダ−とも共演。80年代はサンセッツとともに海外でも広く活動。ジャパン、インエクセス、ト−キング・ヘッズ、ユ−リズミックス、プリテンダ−ズなどと共演。90年より専業プロデュ−サ−としてザ・ブーム、ディック・リ−、MONDY・満ちる、島田歌穂など多くのトップ・アーティストのプロデュースをてがける。95年・宮本亜門演出によるミュージカル「マウイ」の音楽監督。99年・細野晴臣とのユニット、「ハリ−とマック」でロック・シンガ−・ソングライタ−としてカムバック。2000年・照屋林賢(りんけんバンド)と細野晴臣とのユニット「KARABISA(カラビサ)を発表。同年、ザ・バンドのレボン・ヘルムやガース・ハドソンなどと共演したソロ作品「ON THE BORDER」発表。2001年・マレーシアのMac & Jennyらと組み、ワ−ルド音楽とヒ−リングを融合させたBLUE ASIAプロジェクトを開始。HOTEL IBAH(CD&DVD)、HOTEL ISTANBULの2枚のアルバムを発表。以後、2009年のSKETCHES OF MYAHK まで多数のアルバムをリリース。他に著書「世界の音を訪ねる」(岩波新書 2006年4月出版)等。

【公開表記&クレジット】
タイトル:スケッチ・オブ・ミャーク
製作・監督・撮影・録音・編集:大西功一 原案・監修・整音:久保田麻琴
出演者:久保田麻琴/長崎トヨ/高良マツ/村山キヨ/盛島宏/友利サダ/本村キミ/ハーニーズ佐良浜/浜川春子/譜久島雄太/宮国ヒデ/狩俣ヒデ/嵩原清 ほか
デザイン:有山達也+岩渕恵子(アリヤマデザインストア)
宣伝協力:鎌田雄介/天久雅人/穐葉慶吾/サラーム海上
協力:東京[無形文化]祭
後援:沖縄県/宮古島市/宮古島市教育委員会/エフエム沖縄/沖縄タイムス社/沖縄テレビ放送/宮古新報/宮古テレビ/宮古毎日新聞社/ラジオ沖縄/琉球朝日放送/琉球新報社/琉球放送 (順不同)
特別協賛:特定非営利活動法人 美ぎ島宮古島/日本トランスオーシャン航空株式会社/有限会社 宮古ビル管理(順不同)   
配給:太秦
2011年/日本/カラー/HD/ステレオ/104分
コピーライト
(c) Koichi Onishi 2011
公式サイト
http://sketchesofmyahk.com
公式facebook
https://www.facebook.com/MYAHK77
公式twiiter
@MYAHK77